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[アキタ朝大学コミュニティ研究室]日本海に浮かぶ離島から(最終回)-秋元悠史

秋元悠史(プロフィール)
@kamioka



(前回の記事はコチラ)

11.コミュニティはどのように変化してきたか

昔、海士町では味噌や醤油も各家庭で作っていたそうだ(文字通りの手前味噌)。
商店のアクセスが悪かったときには、味噌や醤油は切れたら隣近所から借り、あとできちんとお返ししていたという。

海士町では今でも住民同士がすれ違えば挨拶や世間話が必ずといっていいほど交わされる。
しかし「挨拶しないと後ろ指を差される」という側面がある、と地元の漁師さんは仰っていた。
いわゆる「付き合い」というものが田舎には存在する。それは必要だからこそ生まれたものだ。
誰かの善意を頼っても、地域の共有スペースの清掃や草刈りなんてできない。だから、みんなでやる。

生活のリスクや地域の課題はみんなでシェアして解決する、というのが田舎の当たり前なのだ。
その分個人の時間や自由はある程度コミュニテイ運営に割かれることになる。
地域のコミュニティによって安全を獲得し、その代償として自由を支払う。そう見ることもできる。

一方、都会はどうだろうか。
お腹が減ったら、お金さえあればコンビニやファミレスで容易に食べ物にありつける。
地域の目を気にする必要もないから、自由気ままに生活できる。

他人の目を気にしなくて済む分、自由にしすぎると他人に迷惑がかかることになる。
それを防ぐために、国や自治体はルールを決める。生活者はそのルールに従う。
隣に誰が住んでいるかわからないけれど、法律があるからトラブルは起きないはず。
誰が作ったかわからない食べ物でも、衛生法をクリアしていれば食中毒にはならないはず。

コミュニティに自由を支払う必要もなく、安全はルールが保障してくれる。
僕みたいに「付き合い」が苦手な人間にとっては、都会暮らしは気楽でよいものだ。

ところが、安全であるはずの焼肉屋のユッケが大騒動となった。
安全だと言われていた原発が、大きすぎる問題を僕らに残すこととなった。

明文化されたルールが安全をまかなってくれている、という考えは幻想に過ぎない。
時代が進む毎に、僕らは一層そう思わずにいられなくなっている。
僕らの生活と安全・安心を脅かすリスクはますます増大している。

コミュニティに自由を奪われるのは嫌だ。
だけど都会の安全も今やそう簡単に信用できるものじゃない。

そんなジレンマの中で、少しずつ新しい考え方が世の中に浸透しつつある、と僕は感じている

ちなみに、海士町が昔ながらのコミュニティを維持できるのは物理的要因が大きいように思う。
外部との交流に制約があり、生活と仕事があまり分離されていない環境は全国的に見ても珍しい。
(もちろん古い歴史の中で培われた島民性もあるだろうけど)

12.21世紀を描くためのキーワードとコミュニティ

「持続可能性(Sustainability)」という言葉がある。

持続可能性(じぞくかのうせい、サステナビリティ、英: sustainability)は、人間活動、特に文明の利器を用いた活動が、将来にわたって持続できるかどうかを表す概念である。経済や社会など人間活動全般に用いられるが、特に環境問題やエネルギー問題について使用される。
(Wikipediaから引用)

20世紀は人類に多くの反省を残した。
物心ついたときにはバブルが崩壊していた若い世代は、ごく自然に新しい価値観へシフトしようとしているようにも見える。

田舎暮らしに憧れる人、地域コミュニティの温かさに魅入られた人は確実に増えている。
グリーンツーリズムや一次産業体験、農山漁村交流はいたるところで行われている。

人や自然と触れ合うことが、本能的に人間にとって喜びである、という認識が徐々に広まりつつある。
これまでわずらわしいとさえ考えられたことが、人間らしい尊い活動として捉えられるようになってきた。

安全をルール化したとしても、それが必ずしも安心とは限らない。
お金に換算できないもの、定量的に測れないものを無視してはならない。
そうした気付きが徐々に広まる流れの中で、コミュニティというものが注目を集めているのも頷ける。
(この場合、イメージされるコミュニティは「農村型」あるいは「地域」コミュニティだろう)

人と人とがつながることを「煩わしい」と取るか、「人間らしい」と取るか。
前者の場合、コミュニティに頼らずとも独力で安心を獲得するためのリテラシーと十分なお金を確保することが求められる。
後者の場合、人と関わることを厭わず、コミュニティの運営のために自分の時間を捧げなければならない。
(両者のバランスが大事なのは言うまでもないけれど)

それぞれの生き方にはそれなりの条件が求められる。社会に生きるというのは本質的にそういうことなのかもしれない。
逆に言えば、条件さえクリアすれば、一人ひとりがそれぞれのバランスを自由に決定できる時代になった、とも言える。
自分自身の生活や地域の運営を持続可能なものにするために、一人ひとりが取れる選択肢が増えてきている。

一方、「それなりの条件」をクリアできない人がいるのかどうか、も考えてみた方がいいと個人的には思っている。
現代社会の問題は、コミュニティの機能が弱体化している点と、リスクが増大している点にある。
コミュニティの機能を強化してリスクをみんなでシェアするか、一人でも生きていける力をつけてリスクに対抗するか。
それを時代が求めているとしたら、個人、コミュニティ、自治体、企業、国、それぞれがどのように対応していけば良いのか。
この議論において、「持続可能性」という言葉は、切っても切れないものになるだろう。

13.これから考えていきたいこと

ネタがつきてきたので、このあたりでまとめに入ろうと思う。

・WE LOVE AKITAという新しい参加型のコミュニティ
・海士町という昔ながらのコミュニティ

コミュニティはどのような分類が可能で、時代の流れと共にどのような変遷があったのか。
今回はこの二つを切り口にして、話を掘り下げてみた。

そうして見えてきた状況は
・既存のコミュニティの中には弱体化しているものがある。
・主体的に参加するようなコミュニティが特に若い世代に増えてきている。

「で、結局どうすればいいの?」

そんな疑問が飛んできそうだが、僕自身もまだよくわかっていないというのが正直なところ。
持続可能性をキーワードと捉え、誰もが安全・安心できる生活を営めることを第一に考えるなら、方向性は三つ。

(1)弱体化したコミュニティの機能を強化するためにはどうすればいいか?
(2)新しい参加型のコミュニティを既存のコミュニティと両立するためには何が必要か?
(3)コミュニティの恩恵に預かれず、個人でリスクに対抗することも難しい人が出てきたとしたら、社会としてどう対応すればよいのか?

特に僕は(2)に関心がある。これについて、「主体性」と「言語化」という言葉を紹介した。
就職活動に成功し、仕事とプライベート両方を充実させている人は、「主体性」があり「言語化」ができる人だ、というのが僕の実感としてある。
僕は元々教員志望だったが、教育への関心も最近はこの「言語化」の能力(?)の形成方法がメインになっていて、キャリア理論なんかにも手を出し始めた。
そんな人たちが増えれば、とりあえずは就職活動で悩み、挫折し、あきらめる学生は減るんじゃないか、そんなことを思っている。

(以下は参考文献)

コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来
コミュニティ 安全と自由の戦場
シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略<共有>からビジネスを生みだす新戦略
スローキャリア

連載記事まとめ

日本海に浮かぶ離島から(1/4)-秋元悠史
日本海に浮かぶ離島から(2/4)-秋元悠史
日本海に浮かぶ離島から(3/4)-秋元悠史
日本海に浮かぶ離島から(4/4)-秋元悠史
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[アキタ朝大学コミュニティ研究室]日本海に浮かぶ離島から(3/4)-秋元悠史

秋元悠史(プロフィール)
@kamioka



(前回の記事はコチラ)

7.コミュニティの分類を図示して見えるもの

(1)は生活における機能での分類、(2)はコミュニティの形成原理に関する分類、(3)はコミュニティの志向性や中心による分類とそれぞれ位置づけられる。
つまり、それぞれの分類は相反するものではなく、単に切り口が異なるだけだ。

ここでは特に(2)(3)の分類を2軸にしてコミュニティをマッピングしてみる。
(例外を捉え切れていない部分もあるが、そこはご了承いただきたい)

コミュ~1

農村型コミュニティ:同質化、暗黙のルール、血縁や所属によるつながり、強制参加
都市型コミュニティ:個人の集まり、明文化されたルール、言語ベースのつながり、自由参加

地域型コミュニティ:地域・場所に基づく、空間を共有する
テーマ型コミュニティ:課題解決に基づく、目的を共有する


たとえば同じ「企業」であっても、「人の集まり方」は異なるため、いわゆるベンチャー企業や専門的なスキル要件を設定している企業などは農村型の傾向が弱いと考えられる。
WLAなどはバックグラウンドの異なる人たちが「秋田」というキーワードを共有していることから、都市型かつテーマ型のコミュニティに位置する。

こうして見ると、農村型コミュニティに多くの日本人が所属しているということが分かる。
都市型コミュニティ(グラフ右半分)にほとんど所属していない人もいるのではないだろうか。


8.属するコミュニティは人によってどう違うのか

孤族」という現象を考える。
これに該当する人たちは、病気や高齢化によるリスクが他の人と比べて高くなるだろう。

ある人がこんなことを言っていた。

親しい友人が10人いたら、仕事がなくなっても友人の家を転々とすればとりあえず食べていける。
これこそ、セーフティネットじゃないか。

属するコミュニティによって、僕らは生活上のリスクを軽減したり、仕事・ビジネスや転職を有利に進めたりできる。

「所属」の農村型コミュニティと、「参加」の都市型コミュニティ。
定常型社会においては、この二つのタイプのコミュニティの両立やバランスを考えることが重要になる、と先に書いた。
では、実際に人はどのようにコミュニティに属していくのだろうか。

まず、多くの人はライフステージやキャリアに応じて(意図する・しないに関わらず)コミュニティを移動しながら一生を送ることになる。

農村型コミュニティには、おそらく多くの人が必然的に属することになるだろう。
義務教育やリタイア後の期間においては、居住地域でのコミュニティで過ごす時間が長くなる。
また、大学進学や就職の段階で地元に残る人たちは、それ以前に属していたコミュニティと引き続き関わる傾向が強いと考えられる。
時系列やキャリアの転機をきっかけに移行するコミュニティは、おそらく農村型コミュニテイが多いと思う。

都市型コミュニティの形成については、「人や情報へのアクセス」と「主体性」が鍵となると個人的には思っている。
都市部は人が集まっている分、特定のテーマや価値観を共有する人どうしでコミュニティを形成するのも地方ほど難しくはない。
しかし、ソーシャルメディアを活用できる人は、そうじゃない人たちよりも多様な出会いの機会を得ることができる(Yokotterは好例だ)。

・「既存の草野球チームに参加する」
・「草野球リーグで優勝を狙うために仲間と新チームを結成する」
では前者の方が気楽に参加できる。後者はそれなりにコミットメントが必要だ。
テーマ性や目的志向(「秋田を盛り上げたい」)が強いコミュニティほど、より主体性が求められる。
しかし、いずれも野球やスポーツへの興味・関心が大前提となる。「主体性」が発揮できないコミュニティに参加するというのは考えにくい。

僕としては、ほとんどの農村型コミュニティは「自動的に」所属できるものだと捉えている。
実際、ライフステージのどの点をとっても母校の同級生、会社の同僚や家族などのコミュニティに属していないという人は少ない。
つまり、どうやって都市型コミュニティに参加し、農村型コミュニティとバランスをとっていくかが僕の関心ごとだ。

都市型コミュニティを形成する二つの要素として「人や情報へのアクセス」と「主体性」を挙げた。
前者は個人を取り巻くインフラやリテラシー、スキルに依存する要素だが、僕が特に注目したのは、「主体性」だ。
「主体性」は、どのように形成されるものなのだろうか。また、「主体性」の現代社会においてどれだけ重要なものか。
最近では就職活動なんかでもよく求められるこの素養(?)をどう捉えればよいか、考えてみたい。


9.主体性とは、人と違うということ、言葉にするということ

学生の就職活動を例にとって考えてみたい。

就職活動の業界では、面接の受け答えや志望理由・自己PRの書き方のマニュアル本が氾濫している。
マニュアルどおりの学生を見たら、多くの人はどう思うだろうか?

「主体性がない」と、きっと思うだろう。

逆に学生が、自ら考え動いた経験やその学生独自の夢や目標をきちんとアピールできれば、企業側は「主体性がある」と判断する。

みんなが使う言葉、世の中共通の考え方ではなく、その人自身の言葉、その人なりの考え方が語られるとき、そこに僕らは「主体性」の存在を認識する。
「主体性」があることを他人に示すためには、自分がみんなと違うということ、自分がユニークであることを示さなければならない。
また、他人に示すだけでなく、自分自身のモチベーションを高めるためにも、意義や意味、達成したいこと、目標を自分で考えるということが欠かせない。
「なんとなく周りに合わせて…」よりも、「おれはこれがやりたいんだ!」と思えることをやった方がいいに決まっている。

「自分探し」という言葉があるが、それだけ自分自身のやりたいこと、興味・関心を自覚することは難しい。
大学も偏差値で決める時代だ。「自分は経済学が学びたい!」と強く思い、「この領域を学ぶならこの大学だ」と進路を選んだ人がどれくらいいるだろうか。
大学進学後も「主体的に」講義を受け、教授に質問をし、本を読み、議論することができる人なんて、もっと少ないのが現状だ。

一人ひとり個性がある、とは僕も思ってはいるが、それを自覚するかどうかは別物だ。
みんなと一緒では「主体性がない」と言われるし、ぼんやりとした考えのままでは相手に伝えられる言葉にならない。
自分自身の価値観を理解し、アンテナを張りながら生活を遅れなければ、自分にぴったりなコミュニティと出会うこともままならないだろう。

自分は人と違う、ユニークであるということを言葉にし、表現する。これを僕はそのまま「言語化」と呼んでいる。
一人ひとりが本来持っているはずの個性とかそういうものを、「言語化」によって「主体性」として自覚し、相手に伝える。
そう考えると、「主体性」は「言語化」によって"発見"されるもの、と捉えることもできそうだ。

たとえばWLAに参加するとなると、いろんな人から質問攻めに会うだろう。
「わざわざ」参加するからにはそれなりの理由があるのだろう、と思うのがむしろ普通だ。

「なんで秋田が好きなの?」「秋田のどこが好きなの?」「どんなことをしてみたいの?」「将来は秋田に帰るの?帰らないの?」

もしその人が「なんとなく」くらいにしか思っていなかったら、無邪気に投げかけられる質問にはきっとうんざりすることになる。
逆にWLAの活動に積極的に参加したいと思える人なら、「良くぞ聞いてくれた!」と嬉しそうに答えてくれるはず(というのは言い過ぎ?)。
活動に対して「主体性」が持てないなら、楽しくないのは間違いない。


10.言語化が求められる時代

主体性が求められる場面と言えば、なんと言っても「仕事」、特に「就職(採用)」の場面だ。
単に企業といっても、社風や制度、方針はそれぞれ異なるため、応募者と自社とがマッチしないと早期離職などお互いに不幸な結果が起こるのは目に見えている。
もちろんそれだけではない。主体性は"仕事ができる"人材の基本的な条件として認められているのはご存知の通り。

企業が主体性を確認するためには、応募者が自分の考えやこれまでの経験を振り返り、きちんと「言語化」することが求められる。
履歴書や面接では、言葉によって主体性があるということを証明しなければならないのだから、これは当然のことだ。

しかしここで気をつけなければならないのは、自分と相手の言葉の認識が必ずしも一致していない、ということだと僕は考えている。

「私は経済学部でした」という言葉だけでは、その人が本当に経済をしっかり勉強してきた方は判断できない。
実際に知識を確かめてみたり、それができなくてもどれくらい勉強したか、どのような卒論を書いたかを聞くことで初めて、その人がどれくらい経済を理解しているかわかる。
相手に理解してもらうためには、相手が理解できるような言葉で自分の経験や考え方、過去の行動を説明することが必要となる。

昔は「東大出身」というだけで採用される時代があったと聞く。
この時代に「言語化」、そして主体性が求められることはほとんどなかったのだと思う。
社会全体が「学歴」を暗黙の評価基準として判断していた、この時代はまさに農村型コミュニティの全盛期だったということだろう。

ところが、今や「うちの会社を受ける東大生なんてろくなやつがいないだろう」とばっさり切られてしまうような就職氷河期だ。
未だ学歴の影響は色濃く残っているが、高学歴であっても主体性を発揮できない人は採用されないのが実際のところとなっている。

都市型コミュニティへの参加にも主体性が必要となる。「なぜあなたはそのコミュニティに参加したのか?」
みんなが選ぶものではなく、「わざわざ」参加するようなものを選んだからには、何か特別な理由が必要だ、と周囲が判断するのも無理はない。
その人がこれまで出身はどこで、どの学校に行き、どの会社に勤めたのかは、そこまで重要にはならない。
これまで属してきたコミュニティうんぬんではなく、「あなた自身の価値観」が求められているのだ。
就職も、あるコミュニティから別のコミュニティへの参加することだと考えることができる。

「自分で選ぶ」「自分の価値観で決める」「自分の考えを言葉にできる」。
そんな人たちはこの定常型社会の中で生き生きと生活を営んでいる。Twitterを見ていてもそう思うことが多い。

一方でそれができず、弱体化した農村型コミュニティから抜け出せないまま、ジリ貧になっていく人がいる。
自分の子どもを自宅に放置して餓死させたり、都会のど真ん中で誰にも知られずに亡くなったり。

そういう構図が現代社会に存在することを、ふと僕は想像してしまう。
なんとなく、「主体性があるやつは勝ち組、ないやつは負け組」となっていないか。

「校則で決まっているから」「それが普通だから」「みんなそうやっているから」
学校や会社、あるいは友達関係でもなんとなく暗黙のルールに従っていた部分はあったはずなのに…。

「意識が高い」ことが褒められる世の中になった。
「プロフィール」づくりのために意識の高さや社会貢献への参加をアピールする人も出てきたくらいだ。
それもこれも「勝ち組」に入りたい人たちの焦りがもたらした行動だと考えたら、どうだろうか。

言語化は今の時代において、とても重要になってくる。
しかし、いきなりそんなことを求められても困る、という人も必ず出てくる。

これを読まれた方はどう考えるだろうか。

(続く…)→最終回は「コミュニティはどのように変化してきたか」7/1(金)に掲載します。

[アキタ朝大学コミュニティ研究室]日本海に浮かぶ離島から(2/4)-秋元悠史

秋元悠史(プロフィール)
@kamioka



(前回の記事はコチラ)

5.一冊の本との出会い

そんなことを考えていたときに、ある人からおすすめされたのがこちら。

コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来

僕のブログでもすでに何度か紹介しているが、この本が「コミュニティ」のささやかな探究の原点となっている。
本書では例えば、コミュニティについて3つの大きな分類を紹介しながら現代社会をうまく捉えようとしている。

(1)「生活のコミュニティ」と「生産のコミュニティ」
「farmer」と「family」は同じラテン語が語源であるという事実からも分かるとおり、昔は二つのコミュニティが一致していることがほとんどだった。
"家庭"と"会社"など生活、労働の場が区別されるようになったことからこうした分類が意味を持ち始めたと考えられる。

(2)「農村型コミュニティ」と「都市型コミュニティ」
農村型コミュニティはいわゆる日本的なコミュニティのイメージに近い。
都市型コミュニティは個人が独立してつながる、異なるコミュニティどうしがつながるという方法をとる一方で、
農村型コミュニティは逆にコミュニティ内部を同心円的に拡大させ、構成員を同質化させる傾向がある。

(3)「空間コミュニティ」と「時間コミュニティ」
空間コミュニティを地域コミュニティ、時間コミュニティをテーマコミュニティとそれぞれ呼ぶことも。
前者はコミュニティの形成において空間(地域)と密接に関連しており、コミュニティの構成員は同じ空間を共有する者どうしとなる。
「子ども」や「高齢者」などは、その地域に住むこと自体が生活やコミュニティ形成に及ぼす影響を強く受ける。
後者はNPOや社会企業など、社会的な課題解決などの目的・価値観を共有する者どうしがそのコミュニティの構成員となる。


これらの分類を紹介したのは、これによってうまく説明できることがあるからだ。
例えば(2)の分類に注目しながら、現代社会で起きている現象を説明してみると分かりやすい。

従来は「どこに住んでいるか」や「どの学校・会社に所属しているか」がその人の所属するコミュニティに直結していた。
趣味のゴルフも会社や取引先(=所属するコミュニティの内部・延長)が相手という人がきっと多かったんじゃないだろうか。
同心円的に広がる農村型コミュニティが強固だった時代は、一つのコミュニティの中で一生を終えることが特に問題にならなかった。

ところが、農村型コミュニティの規模は急速に縮小した、と著者は指摘する。「孤独死」という現象は、その端的な例でもある。
企業のあり方も変わってきている。経済・経営のグローバル化に伴って分業やアウトソーシングが進み、業務は専門化され、同じ部署内でコミュニケーションをとるので精一杯になっている場合もある。
コミュニティの強度の基盤となった終身雇用・年功序列も弱まる中で、成果主義の導入によって個人化が進行している企業もある。
このような状況がますます"当たり前"になる社会を、著者は「定常型社会」と表現している。

定常型社会においては、農村型コミュニティに依存することのリスクが表面化し、「異なる個人どうしでつながる」都市型コミュニティの存在感が増す。
単一のコミュニティの機能が弱まる中で、バックグラウンドの異なる個人どうしで補完しあったり、複数のコミュニティに積極的に所属したりするあり方は、WLAに参加するメンバーの姿と重なるものがある。
仕事においては自らのスキルを伸ばしながら組織の目的達成に力を注ぎながら、自己実現の場をそれ以外のコミュニティにも求め、お金にならなくても時間(と能力)を費やす。
著者は、農村型コミュニティと都市型コミュニティは互いに補完的である、と述べている。
僕としては、これまでの日本では中心的だった農村型コミュニティと社会構造の間に齟齬が生じ始めている現代においては、二つのコミュニティの両立(あるいはバランス)を考えることが重要になってくると考えている。

「地元」という共通のキーワードによって主体的に構成されたコミュニティの参加者たちは、定常型社会の先駆者と見るべきかもしれない(実際、みんな楽しそうなのだ)。
「プロボノ」と呼ばれる人たちも同様の分類ができそうだし、「ノマド」というあり方は「都市型コミュニティ」側に大きく振り切った姿と言える。

僕が「地元」の今を見つめなおす上で、この本に学んだことは大きい。
(新書の割に分厚く、かつ射程範囲が広いので、未だ咀嚼できていない部分も多いけれど)
地方においてもコミュニテイが崩壊しつつあると言われる時代。
「人と人とのつながりが希薄になった」とすぐさま片付けるのではなく、どこでそのような現象が起こり、どこで起きていないのかを探ることで、次の一手を考えることができる。
「今」と「昔」を比較して「昔は良かった…」と回想に浸るよりも、今目の前で起きている現象を捉え直し、現代社会において目指すべきコミュニティのあり方を模索する方がよっぽど前向きではないだろうか。


6.コミュニティとしてのWE LOVE AKITAの特徴を考える

WLAという現象は、世の中的に見ればまだまだ小さな動きであることは認めざるを得ない。
僕がmixi等で告知をしても、中高時代の同級生でWLAへの賛同を明確にしてくれた人はほんのわずかしかいない(単に知り合いが少ないからかもしれないが)。
WLA内でも、活動を広げ、継続するためにメンバーを増やそう、という動きがあったが、そう簡単にはいかなかった。
むしろ「田舎が嫌で秋田を飛び出し、首都圏に住んでいる人は多い」という定説を裏付けるような結果となっている。

WLAに参加するかどうかは「個人の自由」だ。この形成原理は都市型コミュニティの特徴と一致する。
秋田県民として生まれようが、恋人が中心的メンバーだろうが、その参加を強制されることはない。実際、秋田県民であることが必須条件とも思っていない。
この活動に主体的に参加し、メンバーどうしで協調をとりながら楽しむことができる人であれば、基本的に歓迎される。
WLAに時間やお金(交際費)といった相応のコストをかけたい個人が参加するべきだということがメンバーの共通認識としてある。
それだけの価値を感じない人、WLA以外に優先順位が高いものがある人が「わざわざ」参加するものではない。
参加者のニーズを満たすことよりも、秋田を盛り上げることが目的だから、当然かもしれないが。

そう、WLAは「わざわざ」参加するものだ。
所属するだけで効用が得られるものではない。WLAに参加するメリットを享受するためには、参加者の「主体性」が大前提となる。

もう少し踏み込んでみると、世の中的に共通の指標でWLAに参加するメリットを測れない、という言い方もできる。
たとえば会社の有志による野球クラブに参加することのメリットはわかりやすい。
「会社の有志による野球クラブ」がどんなものであれ、「野球ができる」、「運動ができる」、「会社の人と仲良くなれる」というメリットが得られそうだとなんとなくイメージできる。
WLAはそうなっていない。所属するだけでは活動は進まないし、秋田を盛り上げることはできない。そこにいるだけで楽しい場であることを保障しているわけでもない。
つまり、参加する個人が自分自身の基準で目的や効用を設定する必要がある。

一方、WLAに参加することは、「私は秋田が好きです」と表明することにつながる。
「わざわざ」参加する=主体性が求められる分、「参加する」こと自体が個人の立ち位置やライフスタイル、価値観のようなものとして捉えられるという側面もある。
僕も「何でそんなに秋田が好きなの?」「秋田といえば何がおすすめ?」「秋田弁しゃべってよ」とよく言われる。
さして熱心でもない人がこれだけ質問攻めされたら…うんざりするだろうということは目に見えている。

WLAは、所属よりも、主体的・能動的な参加がベースとなるコミュニティという説明が適切かもしれない。
「所属」か「参加」か。ここが農村型コミュニティと都市型コミュニティとの大きな違いではないか。

(続く…)→次回は「コミュニティの分類を図示して見えるもの」6/24(金)に掲載します。

[アキタ朝大学コミュニティ研究室] 日本海に浮かぶ離島から(1/4)-秋元悠史

アキタ朝大学コミュニティ研究室(仮)→略して「コミュ研」を開設します。

3.11以降、被災地での復興活動を見るとコミュニティのつながりの大事さ、それの持つ力の可能性を再認識させられます。 また、それ以前から、少子高齢化の秋田ではいかに地域コミュニティを維持していくのかが大きな課題になっていました。
その一方、インターネットの世界はどんどんソーシャルな方向に進化していて、その動きは地域コミュニティの定義をも変えてしまいしまう可能性を持っています。

今ってコミュニティについて再考する良い機会なんじゃない?
というわけで、今後アキタ朝大学のブログやツイッター、実際のワークショップなどを通じてみんなで意見交換する機会をつくっていきたいと思います。

今回は最初の企画として、秋田出身で島根県の海士町(海士町について)在住の秋元悠史さんに「コミュニティ」をテーマにコラムを書いて頂きました。このコラムは全4回で完結する予定ですので、これから一週間おきに連載でご紹介したいと思います。

秋元悠史(プロフィール)
@kamioka



1.日本海に浮かぶ離島から

島根県松江市からフェリーで60kmほど北上したところにある、隠岐諸島。その中の海士町という島に東京から移ってきてから、半年以上が経った。

なぜここに来たのかを理路整然と説明するのは、未だに難しい。
「ボールが飛んで来たのでとりあえずバットを振ったら、当たってしまった。だから走るしかなかった。」とお茶を濁すことにしている。

きっかけは、Twitterだった。
大量の情報が流れるTLの中で、たまたま見かけた一つのつぶやき。

「高校魅力化プロジェクトのスタッフを募集しています。」

思いがけず目の前に放り込まれたそのボールは、きっとそのときの僕にとっては絶好球だったのだと思う。
特に気負いもなく、ごく自然なスイングの後に走り出してみたが、とりあえず出塁することには成功したみたいだ。

こう見えて、東京在住時から「30歳までに秋田に帰る!」と宣言していたものだ。
そんな僕を知っている周囲からは「とうとう秋田を捨てたか」と冗談を言われながら、はるばる海士町へとたどり着いた。
ところが、秋田に移動するだけで一日がかりにもなる離島にいながら、ふとしたときには秋田のことばかり考えている。
目下最大のテーマが「どんな形で秋田に帰るか」であることに、"今のところ"変わりはない。


2.海士町にある暮らしを見つめる先に

海士町は人口約2400人。
そのうち約10%をIターン(※出身地と異なる地方に移住する人)が占めている、と言われている。

本土に移動するためには片道3時間ほどのフェリーに乗らなければならず、町内にはコンビニもスーパーもない。
20時以降になると商店は閉まってしまうので、空腹を抱えたまま夜を越すという失敗を僕も何度か犯している。

島の暮らしは僕らがイメージする「コミュニティ」の要素を色濃く保持しているように思う。
通りがかった人に挨拶をすればたいてい返してくれるし、住民の皆さんは当然ながら顔見知りばかり。
すれ違いざまに一言二言交し合うのも日常の風景の一つとなっている。
弊害もないことはない。島の高校生は、恋愛が「親公認」どころか「島公認」になってしまう、と嘆いていた。デートすら一仕事だ。

島の暮らしを何気なく観察しながら、秋田での18年間の記憶と照らし合わせる、思いを巡らせている。
「海士町のこの部分を僕の地元に持ち帰ったら、どうなるだろうか?それは実現可能だろうか?」

地元とは異なる条件下で営まれているコミュニティの中にいながら、考えること。
「僕が地元に帰ったらどんな暮らしがしたいのだろう?」
いつからか考えるようになったこの問いに対して、海士町というステキな島は実に様々な気付きを与えてくれる。


3.「コミュニティ」に僕が関心を持つ理由

「将来は地元に帰る」ということをなんとなく思い始めてから、「じゃあどうやって僕は地元に貢献できるのか」ということが関心ごとの一つとなった。
元々は教員志望で秋田を飛び出して、大学で教員免許も取得したわけだけれど、「教員?ちょっと待てよ」と思い直したあたりから、「教員になること」は「地元への貢献の仕方」という一大テーマにその座を奪われた。
(ちなみに海士町では公営塾の事務を携わりながら、昔取った杵柄で高校生に勉強を教えたりもしている)

地元への貢献ということを考えたとき、無視できないのが「地域活性化」という言葉。
今やほとんどバズワードに成り下がっている感もあり、僕はこの言葉の八方美人振りにはずいぶん懐疑的になっている。
僕は地元が一大観光地になり、地域にお金が入り、雇用が生まれ…というようなことを特に望んでいない。
秋田を離れた身として、今も地元で暮らす人たちを差し置いて"あるべき姿"を描くということはちょっと気が引けるというのもある。
それよりも、自分自身が地元で営む暮らしの理想像を描くことの方が、「帰り方」を模索している僕にとってはちょうどいい。

僕自身もそうだし、家族も、友人も、日々関わる人も、それぞれが当たり前に日々を送ることのできる地域。
当然、暮らしの中には自分以外の人とのかかわりが含まれているし、それも僕の関心の射程範囲内にある。
そうした"身の周りのこと"を考える上で、「コミュニティ」というテーマは、単位としてもちょうど思い描くものにフィットするサイズだった。
僕が望むライフスタイルと地元という環境を、「コミュニティ」という観点から捉え、結びつけてみる。
それが僕にとって理想とする暮らしを描く近道になるのではないか、という思いが、「コミュニティ」について考えるモチベーションになっている。

4.WE LOVE AKITAという現象

2009年1月末、ちょうど都内の大学を卒業する直前、卒論を書きながらはじめて独学でWEBサイトを制作した。

わげものが、変わる~WE LOVE AKITA

首都圏にいながら、故郷・秋田のことを思う若者たちの集まり、WE LOVE AKITA(以下、WLA)。
大学入学当初にお世話になっていた寮の同期二名を中心に始まったこの活動に、僕はWEB担当として末席を汚させてもらった。
(海士町に移住するにあたり、現在はWEBサイトの運営は代表に丸投げしている)

2009年4月からは晴れて社会人となったが、ファーマーズマーケットプロジェクトをはじめ、WLAの活動にはできるかぎり参加していた。
僕の社会人生活は当初から平日→仕事、土日→WLAが基本的なリズムとなっていたが、それは僕にとってちょうど良いものだった。
何らかの形で秋田に関われているという実感があるから、秋田となかなか直結させにくい会社の業務も頑張れる。
仕事自体は楽ではなかったけれど、どうやら二足の草鞋を履いているくらいが適当らしいということを肌感覚で掴んだ。
WLAでの活動に参加することで、理想とするライフスタイルのヒントを得られたという実感がある。
ちなみに海士町でも、仕事の合間を縫って友人から依頼されたWEBを作ったりしている。
仕事だけに閉じた生活は、きっと僕にとっては逃げ場も発散の機会もなく、窮屈なものなのだろう。

WLAに集う人たちに目を向けてみると、参加したきっかけは人それぞれで、かかわり方も個々人の裁量にゆだねられていて、面白い。
価値観も出身地もバックグラウンドもそれぞれ異なっている。共通するのは「秋田が好き」という思いだけ。
具体的な目標の設定や課題解決に設定しないことで運営も取り組みものんびりと議論しながらの進行だけど、その分多様な人が集まる隙間があって、結構楽しい。
各方面でそれぞれネタや案件を持ち寄ってわいわいと進めていく手作り感覚は、大学時代にも会社にもなかった自由度と魅力があった。

秋田というキーワードを介することで生まれた出会いも数多く、それだけでも面白かったのだけれど、ふと周りを見てみると、「四国」とか「山形」とか「鳥取」とか、他地域のコミュニティが形成されていることに気付かされた。

HIP - Home Island Project
GLY Projectオフィシャルホームページ - ‐GLY Project‐山形まざっびゃあ!!
トライトリビュートプロジェクト(TTP)

これらの活動の共通項として、例えば以下のような点が挙げられる。

・地域を何らかの形で「盛り上げる」活動を行っている
・ワカモノが中心となっている
・都市部など、対象地域外でで生活をする人が運営に参画している
・他のコミュニティと柔軟にコラボできる
・参加者同士の出身校や所属企業は必ずしも共通していない
・参加者のほぼ全員が自主的に参加している

なぜ、このようなコミュニティが「都市部」の「ワカモノ」の間で注目され、実際に行動が起こっているのだろうか。
図らずも一連の現象の当事者としてWLAに参加している僕は、俄然興味を持つようになった。

(続く…)→[5.一冊の本との出合い]